飛行第62戰隊 (日本陸軍)
日語寫法 | |
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日語原文 | 飛行第8戦隊 |
假名 | ひこうだいろくじゅうにせんたい |
平文式罗马字 | hikoudairokujyuni-sentai |
飛行第62戰隊(飛行第六十二戰隊、飛行第六二戰隊)為第二次世界大戰時舊日本陸軍的航空部隊,1941年11月14日於北海道帶廣市編成,戰時秘匿名為「灘九九〇八部隊」。通稱號為灘9908部隊、軍隊符號為 62F。
概要
歷代八名隊長中有四名戰死,為所有戰隊中最多者。其中以第6代新海希典少校最為著名,其任內62戰隊開始進行特攻,之後並參與沖繩特攻。
- 飛行分科:重轟炸
- 編成時期:1941年(昭和16年)11月14日
- 編成地:帶廣市(北海道)
- 使用機種:九七式重爆撃機、百式重轟炸機「呑龍」、四式重轟炸機「飛龍」
- 終戰時所在地:1945年於西筑波(茨城縣)迎接終戰
組織人事
歷代戰隊長
- 波多野魁夫大佐(陸士28期、1941年11月1日 - (12月8日戰死)
- 大西 洋 中佐(陸士34期、1941年12月11日 -
- 堀場一雄 大佐(陸士34期、1942年11月1日 -
- 芳賀信政 中佐(陸士34期、1943年10月25日 - (戰死)
- 石橋輝志 少佐(陸士43期、1944年4月7日 -
- 新海希典 少佐(航士50期、1945年2月24日 - (3月19日戰死)
- 澤登正三 少佐(陸士46期、1945年3月31日 - (4月12日戰死)
- 小野祐三郎少佐(航士50期、1945年4月19日 -
相關條目
參考文獻
- 多田勝秋『飛行第62戰隊部隊概史』(1975年)
- 伊庭稜太郎『飛竜天ニ在リ』(青娥書房、1975年)
- 飛行第六十二戦隊第六十三飛行場大隊『七三部隊回想録』(七三會京都大會事務局、1980年)
- 淀川洋幸(編)『飛行部隊の日誌 鎮魂記』(1995年)
- 林えいだい『重爆特攻さくら弾機』(東方出版、2005年)